流派

いけばなというのは、多くの流派があり、それぞれに家元と呼ばれる所謂「師匠」的存在があるようです。この流派というのは、厳密に登録されたりするものではなく、実際にどれくらいの流派があるのかは確かめようがないと言えるでしょう。茶道にはほとんど流派がないのに、なぜ華道の流派は増え続けてきたのでしょうか?それは、おそらく「いけばな」自体が時代によって様相を変えてきたからではないでしょうか。いけばなをはじめた人たちが、それぞれ自分にとっての「いけばな」という流派を模索しているからとも言えるでしょう。つまり、茶道に比べて自由と言えるのが華道なのではないでしょうか。また、いけばなに使用する植物の命は短く、彫刻や絵画のように後世に作品を残すということが不可能であると言えるでしょう。命を注いで作った作品であっても、その作品自体の命が短いというのは、あらゆる芸術のなかでもいけばな特有のものと言えるでしょう。そのため、作品を売ることもできないのが難点と言えるでしょう。つまり、華道家として生きていくためには、自身特有の流派を起こし、より多く弟子を抱え、月謝をもらうという方法に行き着くでしょう。また、その弟子が弟子を取る場合、時流の許状料というのももらえるようになるでしょう。より発展的な流派を生み出そうとしてきた背景の結果、華道には多くの流派が存在するのかもしれません。現代ではフラワーアーティストとして世界中に弟子を作れる時代を迎え、流派のさらなる発展とともに、華道の進化を期待できる時代とも言えるのではないでしょうか。